聖なるもの−いのちの奇跡を信じる
         ラザロの復活:ヨハネによる福音書11章1−44節の一読解

中ノ瀬重之神父 神言会
マリア・アントニア・マルケス

オリジナル ポルトガル語(PDF)版

 ヨハネ福音書は、いのちの奇跡を信じた初代共同体の証言を紹介している。互いに支えあう共同生活のうちに、神と出会う新しい体験が生まれた。現実生活のうちに人となった神との出会いだった。それから共同体は、迫害と苦しみの状況にあって仲間同士手を携え、それまでとは異なる新しい生き方へと向かっていった。それはひとつの真実な復活体験であった。
 同じような復活体験は、今日においても人々や共同体の生活の中で起こっている。愛の行為は復活への可能性を秘めている。私たちは、7年8ヶ月の間サンパウロの監獄にいたエニスという男と話をした。彼は刑務所を出たのち、出所者たちを自宅に迎え入れるようになり、既に、同じような境遇にある100名以上の人々に寝所を提供したという。エニスは、刑務所司牧の会合に通うようになってから変り始めた。彼は墓場―拘置所―で、彼に手を差し伸べてくれる人々に出会ったのだ。それ以来、彼の人生は、服役者や出所者に手を差し伸べるという新たな意味を持つこととなった。
 今日、地域共同体の支援を得て、カジャマール市ポウヴィーニョ地区に聖マキシミリアノ・コルベ活動の本部がある。これは、服役者や家庭介護を必要とする身体障がい者、HIV保有患者、高齢者を支援する団体である。エニスの妻ネイデがこの家の運営を担当している。この団体は共同体全体の善意に満ちた支援によって維持されている。
 神は人々の中に受肉し続けている。エニスは、兄弟姉妹との関わりを通して、自分に手を差し伸べてくださる神の無償の愛を身近に感じたのだ。彼にいのちが甦った。彼は復活したのだ。そしていまなお、共同体や家族の助力によって人々が「墓から出る」のを助け続けている。愛こそがいのちを再生させるのである。これは、ひとつの聖なる体験である。
 愛する弟子の共同体として知られるヨハネ共同体も、また同じ確信を生きていた。相互に支えあう共同生活において、友愛の絆はしっかりと根を張っていた。この共生から神が共同体の中に現存するという確信が生まれた。「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。」(1・14)この確信こそ、共同体の生活を支えた秘義であった。
 これらのグループは、彼らの福音書を遺産として私たちに残してくれた。この本の中心部において、私たちはラザロの復活のエピソードに出会う。(11・1−44)このエピソードはイエスの復活の前表をなしている。この出来事は、象徴的な方法で共同体の実践について語っている。人々は自らの生命を危険にさらしつつも、苦しみと死の現実の中で人間の出会いを求めていく。イエス・ラザロ・マルタそしてマリアという各人物像に代表される共同体相互の間に、非常に強固な交わり、一致があるのである。友愛と協同には、死の現実を乗り越える力がある。友愛と協同に基づいた共生には、喜びと意義を人生に取り戻す聖なる力がある。
 ラザロの復活はヨハネ福音書にしかないテキストで、「しるしの書」の一部となっている。最初の六つのしるし(2・1−12、4・46−54、5・1−18、6・1−15、6・16−21、9・1−44)は共同体により選択され、イエスの行為を説明するために、説教の部分に引き継がれている。これらの説教は、異なった強調点を持ちつつ唯一のテーマを展開させている。ヨハネ福音書の説教の中には、共同体の復活体験から出てきた省察が記されている。歴史的イエスが語っているのではなく、復活したキリストを体験した共同体が語っているのである。  第11章には、他の「しるしの書」とは異なった構造が見られる。語りと行為がこのテキストにおいて交互に現われる。以下に示すように、流れるような一つの語り口をしている。導入部(1−6)、イエスと弟子たちとの会話(7−16)、イエスとマルタの会話(17−27)、マリア及びユダヤ人たちとイエスとの出会い(28−37)、イエスと死の克服(38−44)、奇跡への反応(45−53)。共同体の状況が、ラザロの病気と死、また弟子たちの無理解といった形で描かれている。
 最初に弟子たちはイエスに警告する。「ラビ、ユダヤ人たちがついこの間もあなたを石で打ち殺そうとしたのに、またそこへ行かれるのですか」(8節)。続いて、同じ恐れを持って彼らは神の子への忠誠を誓う。「わたしたちも行って、一緒に死のうではないか。」(16節)この態度は、共同体が置かれていた迫害(8、50節)、拷問(8節)、多くのメンバーの死(14節)といった状況を反映している。このような状況下で、共同体は現に今起こっている復活といのちの出来事としてイエスへの信仰を再生することを必要としている。ラザロの病気と死は、共同体の日常を明示しているのである。
 共同体は存続の危機に瀕していた。彼らはこの状況からぬけ出る方法を見つけなければならない。それはいのちを信じることである。このことは、ヨハネ福音書で98回現われる動詞「信じる」と、36回現われる「いのち」という語の使い方によって証明される。また第11章を注意深く読めば、「出る」という行動が継続的に現われていることに気づくであろう。イエスと弟子たちはヨルダンの向こう側から出た(7、15節)、ユダヤ人たちはエルサレムから出てきた(19節)、マルタは村から(20節)、マリアはユダヤ人と共に家と村から(29、31節)、ラザロは墓から(44節)出てきた。そこから出て、無為と無気力を打ち捨てる必要がある。いのちへ復帰するのである。ヨハネ共同体に、一体何が起こっていたのであろうか?

1.歴史的背景

 イエスと初代共同体の時代、政治、経済、社会的状況は混沌としていた。不満が渦巻き、過酷に圧政を敷くローマ帝国支配に対して反乱が起こっていた。紀元66年、ローマ人が神殿を略奪したとき、サドカイ派、エッセネ派、ゼロータス(熱心党)、ヘロデ党、シカリ派、その他の既存グループはイデオロギーの相違にも拘わらず、支配者と戦うために連合した。この一連の動きはユダヤ戦争として知られるようになった。
 この戦争においてユダヤ人はローマ人により虐殺され、聖都エルサレムと神殿は破壊された。神殿はユダヤ人の生活において中心的な組織であった。彼らの生活に完全な統制を行っていたのである。ローマ人と戦ったグループは完全に解体され、ほとんど消え失せた。ユダヤ人キリスト教徒とファリサイ派は最後まで戦争に協力しなかったため、生き残ることができた。戦後すぐに、生き残ったグループは民の生活を再組織し始めた。
 ファリサイ派と律法学者たちは、神殿にはあまり拘束されていなかったので、別の形の組織つくりを進めた。長期間に渡り、彼らはシナゴーグ(会堂)で律法を解釈し説明することを職務として活動していた。神殿と、ユダヤ人の最高諮問機関である最高法院の破壊という現実に直面し、民衆はファリサイ派と律法学者の運動に避難と安全を求めた。間もなくファリサイ派は強大になり、シナゴーグは民の生活を保障し、保護し、管理する強力な組織となった。するとローマ人は、ファリサイ派ユダヤ人と同盟することが有利だと気づき始めたのである。
 ローマ人との同盟は、ファリサイ派の発展をさらに促進にした。多くのグループが生まれ、その中に、ヨハン・ベン・ザッカイというラビによって創立されたヤムニア学派もあった。このグループの指導者パトリアルカ(長老)は、ローマ帝国によってユダヤ民族の代表者として認知されていた。ローマ人の同盟者として、彼は神の律法を解釈し適用する権利、それに加えて、ユダヤ人たちから租税を徴収する権利も持っていた。
 ところで、神の律法は生命保護の手段である限りは神聖なものであるが、それが抑圧の手段となるとき、目的から逸れてしまう。実際、聖なるものが死滅のために使われるということが、神殿が手中に収めていた宗教的、社会的権力によって行われたのである。神殿は律法や祭儀、教義や宗教体制を擁護することを優先してきた。人々の序列化がなされ、その序列の中では、わずかな人々が清い者、アブラハムの息子たち(8・33、39)とみなされたが、大多数の人々は貧しく、呪われた者(7・49)、罪の中に生まれた者(9・2、34)とみなされた。聖なるもののイメージが、人々を脅したり、排斥したり、追放する(9・22、34)ために造られたのである。聖なるものの名において、姦通の現場で捕らえられた女を石打にし(8・5)、癒された盲人を脅して追放し(9・34)、祭儀と律法違反を理由にイエスを殺す権利を(5・16−18、7・1、19、25、8・59)自らに帰せしめたのである。
 ユダヤ人にとって、律法を遵守することは神の命令を遵守することであった。律法の中に浄・不浄の規定があり、誰が神により近くいるかを定めていた。病気は神の罰と考えられていたので、病者と身体障がい者は、何らかの罪により汚れているとみなされていた。不浄な人間や物と単に接触しただけでも、不浄とされてしまうのだ。不浄であることは、礼拝に参加できず、結果的に救いにも与かれないことを意味していた。
 多くの人々は、ほとんどいつも不浄とされる状況に生きていた。ユダヤの宗教権力者は、律法によって人々の身体を支配する特権を持っていた。こうした抑圧の状況は、月経(レビ15・19)、性交渉(レビ15・6)、出産(レビ12・2−5)のゆえに不浄となる女性たちに、より重くのしかかった。人々は自分を清めるために、その日のうちに献げ物を納めたり宗教税を支払わなければならなかった。こうした出費は高くつき、貧しい人々が律法を遵守することをますます困難にした。
 律法教育は、ローマ帝国により公認された組織であるシナゴーグで行われた。ローマ人との同盟を通してファリサイ派によって組織されたユダヤ教は、合法的宗教、すなわち、ローマ帝国の法律により認められた宗教とみなされた。シナゴーグに属するユダヤ人たちは、集会を行い、財政を維持し、財産を所有する権利を獲得した。彼らはローマ帝国の神々へ礼拝を奉げる義務を免除され、安息日を守り、彼らの礼拝を行い、律法を実行する権利を持っていた。また必要なときには、ユダヤ人だけで編成された軍隊へ加入する権利も持っていた。各地方共同体は独自の運営規定を持ち、学校や礼拝堂、墓所を設立していた。困窮者には援助を提供し、ユダヤ人同士の争いを裁く法廷も持っていた。
 紀元85年前後には、シナゴーグは小アジア全土に散在していた。ファリサイ派は、集団としてのアイデンティティーを保ち彼らの利益を守ろうとして、律法の厳格な遵守を要求し始めた。しかし、シナゴーグの内部において、律法遵守に重きを置かないグループも出てきた。その中にキリスト教徒のグループも含まれていた。彼らは人間のいのちを第一にしたのである。それはさまざまな対立を引き起こした。律法を遵守しない者たちは、迫害され(8・48、10・21)、拷問をうけ(10・39)、シナゴーグから追放された(9・34)。結果的に、ローマ帝国の迫害にさらされることになったのである。
 そのキリスト教徒グループの中に、ヨハネ共同体も存在していた。貧しい人々と社会的に排斥された人々からなる共同体であった。異なる宗教に寛容で、すべての民族に開かれていて、女性たちに指導的立場を認めていた。この共同体は、ガリラヤ人(1・44、4・45)、サマリア人(4・39−42)、ユダヤ人(11・45)、ギリシャ人(7・35、12・20)から構成され、すべてのメンバーは復活したイエスの名の下に結集していた。このグループの生き方は、ファリサイ派との争いをさらに激化させた。(10・31、39、15・18−27)
 ユダヤ人キリスト教徒たちのシナゴーグからの追放は、悲惨な結果をもたらした。自己の伝統から切り離された苦しみに加え、保護もなく、仕事もなく、社会的経済的係わりからも疎外され、教育の場も、宗教活動や祭儀に参加することも、葬儀に加わることさえ取り上げられてしまった。それだけでなく、ローマ帝国による迫害の標的にされたのである。ヨハネ福音書の第9章は、こうした状況を反映している。「ユダヤ人たちは既に、イエスはメシアであると公に言い表す者がいれば、会堂から追放すると決めていたのである。」(9・22、34)
 これらの共同体はまた、多くの内部紛争にも直面した。常にすべてが順調だったわけではない。各グループは相互に異なっており、それぞれ固有の性格と宗教生活の慣習を持っていた。未だに自己の伝統に根強く結びついていたユダヤ人たちにとって、女性の指導者を受け入れることは容易なことではなかったに違いない。同じような葛藤はサマリア人とユダヤ人の間にも起こった。昔からの敵対関係がすぐに解消したわけではなく、きっと、共同体の忍耐強い歩みを通して乗り越えていったに違いない。このように内部の問題は多かったが、愛する弟子の共同体は、律法や社会階層、出生や性別、年齢によって隔てられた壁を乗り越えようとしていった。彼らが内外にわたる困難と立ち向かうことができたのは、ただ共に生きる生活と、互いを結びつける友愛の絆があったからである。それは、共同体が「神は、人となった」と断言するほど強烈で人間的なひとつの経験であった。いわば、聖なるものとの共生であったのである。ラザロの復活の物語(11・1−44)によって、これらの人々の生活にもう少し近づいて見てみよう。

2.相互に支えあう共同生活:共同体の活力の源

 ベタニアの共同体(11・1)に目を向けよう。ベタニアとは、貧しい人々の家という意味である。メンバー同士の友愛と相互の助け合いによって知られた共同体である。イエスはこの共同体に宿泊することが好きだった。ラザロの姉妹であるマルタとマリアは、ラザロが病気であることをイエスに知らせた(11・3)。マルタとは「女主人」を意味し、共同体で指導的役割を担った女性である。マリアとは「神に愛されている女」という意味で、愛された女弟子であった。彼女たちはラザロの姉妹であった。この「兄弟姉妹」という言葉は、イエスの復活後、キリスト教徒たちの間でごく普通に使われていた。他に親しみをこめて使われたのは、「友人」であった。(11・1、cf.エフェ6・23:ガラ1・2)
 ラザロは唯一名前を持った病人である。(4・46b、5・3、9・1)彼はイエスの弟子であり、固有性を持った存在で、愛されている。「御覧なさい、どんなにラザロを愛しておられたことか」(11・36)。ラザロという名前は、ヘブライ語el`azar 「神は助けたもうた」からきている。神がお見捨てにならない者のことである。これらのことは、神は貧しい者小さき者をお見捨てにならない、というひとつの重大な真実を告げている。イエスが共におられると共同体はいのちを回復するのである。
 この物語を詳しく見てみよう。マルタ、マリアの姉妹は、イエスに彼女たちの兄弟が病気であるという伝言を送った。この知らせを受けたイエスははっきりと言われた。「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである」(11・4)。イエスは、彼女たちの招きに応えるのに、二日間の時間をかけた。彼がついた時には、ラザロは既に死んでから四日経っていた。当時は、死後三日目からは蘇生は不可能であろうと信じられていた。遺体が腐敗し始めるからである。(ヨブ11・39)ラザロが死んだとすれば「この病気は死で終わるものではない」(11・4)という言葉をどのように理解したらよいのか。さらに、病気は神の栄光の現われとはどういうことであろうか。迫害と苦しみ、死の状況にも拘わらず(8・40、59、10・31、12・11)、共同体はイエスを神の子と信じ続けている。神の栄光とは、これらのグループの証し(殉教)と抵抗にほかならない。
 イエスが来られたという知らせを受けると、マルタは彼に会うために出て行く。マルタの人となりによって共同体は信仰の成長を促され、終末時の復活を信じる信仰を超えて(11・24)、イエスが単に奇跡を起こす人であるだけなく(11・22)、復活といのち(11・25)そのものであることを信じるように導かれていく。共同体は信仰を宣言しているのである。「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております。」(11・27)
 この信仰告白はこのテキストの頂点である。人々は苦しみと迫害に耐えるために、自らの信仰と希望を回復することを必要としていた。マルタは思い立って、イエスが近くにいることをマリアに告げる。それをそっと耳打ちしたのだ(11・28)。これはつまり、支配層の役人たちの間にイエスに対する敵対心があったことを語っている。共同体は、基本的に女性たちによってつなぎとめられ、隠れるように生き延びていた。イエスが共におられることによって人々は恐怖から解放され、新たな行動の活力を得たのである(11・29)。
 マリアとイエスの出会いは、感動的な場面である。彼女はイエスの足もとにひれ伏した(11・32)。親密で情愛のあふれた関係がイエスと弟子たちの間にある。この場面は、12章1−3節と類似している。そこでは、マリアがイエスの足に香油を塗り、自分の髪でぬぐう。香油と頭髪は、いのちと、イエスへの共同体の愛情を象徴している。マリアがイエスの足もとにひれ伏す時、共同体はその愛情の表現を再確認するのである。イエスはそれに応え、連帯感を示す。共同体の痛みと苦しみを前にして、「心に憤りを覚え、興奮した」(11・33)。「イエスは涙を流された」(11・35)。そして、「再び心に憤りを覚えた」(11・38)。
 共同体の苦しみの前で、イエスの反応を描写する言葉として一番先に使われた動詞は、「心に憤りを覚える」、ギリシャ語でembriaomai である。字義通りには「騒音を発する、怒る、心が立ち騒ぐ、何かに対して義憤をおぼえる」という意味である。マリアとユダヤ人たちの涙を見て(33節)イエスは自身を抑えることができない。苦痛はあまりにも大きいのである。イエスは共同体が見棄てられ、苦しんでいることに無関心ではない。
 イエスは興奮し、心を騒がせる。ギリシャ語ではtarasso、「落ち着かない、心配する、心を痛める」という意味である。この単語はヨハネ福音書において6回現われる。同じ単語は、13章21節にも現われる。ユダの裏切りの予告の前に、イエスは心を痛める。友人を失ったことを嘆き、共同体の分裂が彼に苦しみと悲しみを与えている。イエスの別れの言葉(14・1)のうちに、共同体は心を騒がせる。別れの苦しみを感じているのである。11章33節で、確かにイエスが大きな心の動揺を感じていると言える。
 「イエスは涙を流された」(11・35)。動詞dakryoは、新約聖書にはただ一回しか現われない。イエスは喪失と悲嘆の感情に深く囚われている。イエスの涙を見てユダヤ人たちは、「どんなにラザロを愛しておられたことか」と結論づける。これは愛する弟子の共同体の基本的な特徴である。すなわちイエスと共同体のメンバーたちの間にある相互愛である。「互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる」(13・35)。
 このようなとても人間的で情愛豊かなイエスの反応の裏側に、愛する弟子の共同体の日々の態度を読み取ることができる。、共同生活と友愛の絆が、苦しみにつけ喜びにつけ、メンバー同士を結び付けている。これは復活したイエスが共におられるしるしであり、これこそ聖なるものである。
 共同体は痛みと苦しみに打ちひしがれてはいない。出て行くことの必要性を確信している。「どこに葬ったのか?」とイエスは尋ねる。マリアは応える、「主よ、来て、ご覧ください」(11・34)。行って見ることは、ヨハネ福音書において親近性と共同生活(1・39、20・3−5)を意味している。彼は墓へと向かう。ヨハネ福音書において初めて、イエスは人間の最終段階、死の現実の前に立たれる。イエスが墓場にいるのは、死を嘆くためではなく、新しいいのちを回復させるためである。
 イエスは岩を取り除けるように命じる。が、マルタは反対する。「主よ、四日もたっていますから、もうにおいます」。(11・39)再び共同体は、信仰のうちに成熟するように促される。「もし、信じるなら、神の栄光が見られると、言っておいたではないか」。(11・40)岩が取り除かれたとき、イエスは願い求める代わりに感謝をささげた。イエスは、父なる神が聞き届けてくださったことを知っている。この信頼は、聖なるものの体験、つまり、共同体の共生から生まれる。この共生の日々を生きながら、新しいいのちの源である父と子と聖霊の一致のうちに確信が生まれるのだ。新しいいのちは、共同体の中で愛に満ちた助け合いの行為がなされるか否かにかかっている。「こう言ってから、『ラザロ、出て来なさい』と大声で叫ばれた」(43節)。
 ここで注意すべきことは、共同体がラザロの手足の布をほどいて、彼が蘇生するのを助けることである。共同体が、そのメンバーがいのちを回復するために協力するのである。イエスと共同体の叫びは、いのちの叫びである。友愛の絆に結び付けられた共生よってこそ、共同体はいのちを護り、復活する。人々は束縛から解放されるにつれて、新しいいのちへと自らを開くのである。

3.日常から生まれる神体験

 ヨハネ共同体が生きていた状況が、新しく神に出会う体験をもたらした。その社会状況の中にあって、これまでとは異なる生き方を求めたがゆえに迫害され殺されていった人々のいのちに、意味を与えることが必要であった。友人や仲間は死んでしまったが、彼らの考えや思い出は共同体の兄弟姉妹のうちに生き続けていると、確信を新たにする必要があったのである。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる」。(11・25)
 古代イスラエルには、復活という概念はなかった。人生を上手に利用して、この世で財産と富を享受すべきだと信じられていた。応報の神学によれば、正しい人間とは律法を守り、神から富と長寿を与えられ、祝福された人たちのことであった(申命5・23、レビ18・5、ネヘ9・29、詩112・1−6)。人間は死ねば墓に葬られ、そこからすぐに死者の国、シェオールへ行くのであった。人生は限られており、死は罰であり、すべての終わりと見なされていた(ヨブ24・19、詩55・16)。
 復活というテーマが初めて旧約聖書に現われるのは、紀元前146年ころに書かれたダニエル書においてである(12・2−3)。これと同じ信仰は、マカバイ記の時代にも確認されている(二マカ7・9、11・23、14・46)。ギリシャ人の支配に抗って律法とユダヤ的伝統を守るために、正しい人々が殺されつつあったため、死はすべての終わりであるという考え方は受け入れがたいものになっていった。復活という概念は、義人たちの死に意味を与え、ギリシャ人に抵抗するようにユダヤ人を励ますための一つの試みであった。しかしながら、この復活概念は応報の神学の原理にそって展開された。すなわち、義人たちは永遠の生命に復活し、不正な者たちは永遠の罰に復活すると信じられていた。(マタ25・46)
 ヨハネ共同体もまたこのような信仰を持っていた。(5・29、11・21−22)イエスに対するマルタの返事にユダヤ的信仰が反映している。「(わたしの兄弟が)終わりの日の復活の時に復活することは存じております」(24節)。ところが、痛みと苦しみの現実の中で最悪の状態に落ち込みつつも、共同体は苦しみを神の罰と見なす考え方を乗り越えていこうとした。共同体はその探求の道のりで、他の集団、例えばイザヤ書に記述されており、ヨハネ共同体ととても似通った状況を生きた「苦難の僕」の共同体に光を見出した。苦難の中にあって、彼らは神の存在を体験したのだ。「今、わたしは子を産む女のようにあえぎ」(イザ42・14b)「苦しむ人、貧しい人は水を求めても得ず、渇きに舌は干上がる。主であるわたしが彼らに答えよう。イスラエルの神であるわたしは彼らを見捨てない」。(イザ41・17)
 愛する弟子の共同体は、自分たちの体験と、正義を打ち立てるためにいのちを捧げた「苦難の僕」の神学に共鳴するものを見出すのである。連帯する愛こそ、多くの人々のいのちが回復するのを可能にする(イザ53・10−11)。それは人間的理解に挑戦を与える生き方であり、まさにひとつの苦しむ民の歴史である。彼は侮蔑され、貧しくされてもなお、自らのいのちを連帯の糸によって紡ぐことができる。「苦難の僕」の生きざまは、人間への連帯についての最高の表現である。新約聖書において、共同体はイエスの実践の中に「苦難の僕」の姿を見ている。多くの人々を贖うために自分のいのちを惜しまない者の態度である。(12・24)
 ヨハネ共同体は、同じような状況に立ち向かっている。彼らは、「苦難の僕」の態度とイエスの実践の中に自らを映し出し、「愛して、この上なく愛し抜かれた」(13・1)究極の連帯によって不正の鎖を断ち切ろうとする。日々の小さな実践とその成果のうちに、共同体はいのちの力を体験していく。すべての人々の協力で復活が日常生活のうちに起こっているのである。共同体こそが自らの問題の解決を探し出すのである。(11・39、44)
 そのような経験を通して新しい神のイメージが生まれる。神は人となられる。神は生きておられ、人々の具体的な生活の中におられる。聖なるものは雲の上にあるのではなく、私たちの間にあるのだ。復活は終末の日に起こるだけではなく、日々の歩みの中で、小さな実践や態度のうちに自分のいのちを仲間に与えることができるようになるにしたがって、起こってくる体験である。言い換えれば、復活とは、「最悪」で「墓の中にいる」状態にもかかわらず、身近にいる者に対して自分自身を開くことができる人間の状況である。
 神が兄弟姉妹のうちにおられると感じることは、神聖な共生の体験であり、人生に新しいはずみをつけるものである。ベタニア共同体の実践は、愛する弟子の共同体の有り様を映し出していると言えよう。ヨハネ共同体は相互の愛や支え合い、更にいのちを産むために自分のいのちを与える能力によって特徴づけられている。この共同生活の中で、神の愛は人々のうちに現存し、具体的な姿をとり、助け合う愛となる。それこそが、人間のうちに受肉された神である。精神基盤も所属グループも異なる人々が、彼らの間に「人となられた言」の現存を信じている。このような共生体験において、彼らは自分の隣にいる人の中に存在する聖なるものを感じ取っている。このことを見出したからこそ、人々はいのちの奇跡を信じるのである。

4.日常経験におけるいのちの奇跡

 聖なるものを経験した人は、自分自身のうちに閉じこもってはいない。それは現状を超えて、よりよい状態へと向かう一つの生の経験なのである。この経験はエニスと彼の家族全体に起こり、今なお起こり続けている。
 彼の来し方を語るにあたり、エニスはいくつかの失望させられた出来事を思い出した。彼は、彼の家に宿泊していた青年が刑務所司牧の車を盗んだことを話した。出所者と路上生活者の二人が、彼らの権利を主張し裁判所に訴えたこともあった。さらに、実際には行われなかった「埋葬」の代金を払ったこともあったという。彼自身、何のためにこんな仕事を続けているのかと自問してきた。しかしすぐに自分で答えを出した。「私も、妻もこれなしにはもう生きていけないのだ」。
 この経験は、日常生活に起こる本物の奇跡である。私たちの共同体の中には、聖なるものに触れた人々がたくさんいる。その経験に励まされ、力づけられて、他の人々も彼らと同じ経験をすることができるように、彼らは全身全霊で奉仕している。
 私たちは、互いに仕え合う人々の中で聖なるものに出会う。もっとも困難な状況に直面していても、愛情深く助け合う行為をすることができる人々は、私たちを揺り動かし生き方の変革へと向かわせるのである。「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。彼はわたしたちに顔を隠し、わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに、わたしたちは思っていた、神の手にかかり、打たれたから、彼は苦しんでいるのだ、と」。(イザ53・3−4)
 重要なことは、宗教や社会階層、性別、民族の違いを超えて、すべての人々がひとつとなって障害物を取り除き、他者との出会いを求めて行くことである。すなわち、人がいのちの尊厳を持つことを妨げている束縛の綱をほどくのである。
 私たちにも挑戦がある。私たちの間に、協力して取り除くべきどのような束縛があるだろうか。苦しみの時も喜びの時も、聖なるものに触れる体験として、共同体が自分の問題を乗り越えていくことを助けているだろうか。  −終−
(日本語訳:中山雄一、小井沼眞樹子)

【注】この論文は、ベルボ聖書センターの講師たち、アデマール・カエフェル、エニルダ・デ・パウラ・ペドロ、ルイス・ディトリッヒ、マリステラ・テッザ、ヴァルモール・ダ・シルバとの対話の成果として執筆されたものである。

【参考文献】
・ベルボ聖書センター「共同体から新しい生命が生まれる―ヨハネによる福音書、集会のための手引きと案内」パウロ書店 サンパウロ 1999年

【訳注】
・この論文はパウロ書店発行「司牧生活(VIDA PASTORAL)」7‐8月号(2000年)213番 サンパウロ、ブラジル に掲載されたものである。
・聖書引用箇所は、旧約聖書続編つき新共同訳聖書(日本聖書協会)を使用。

このページのトップへ