コスタリカでのリブラ(RIBLA)ミーティングに参加して
『福音と世界2006年2月号』掲載
中尾貢三子氏
1.はじめに
 昨年四月十六日、トロント発サンホセ行きの便で昼過ぎにコスタリカに到着。空港を一歩出て溢れる熱気と飛び交うスペイン語にラテンアメリカのなんともいえない独特の雰囲気を肌で感じる。今回、メキシコ以南へ降り立つのは三回目だが、前二回がいずれもペルー、それも一九九一年七月以来ということで、かなり緊張する。それでも、独特のスペイン語のリズムは不思議な懐かしさがあり、初めての土地なのになぜかそんな気がしなかった。

2.リブラのこと
 今回の旅は、RIBLA(Revista Interpretacion Biblica Latinoamericana「定期刊行 ラテンアメリカ聖書釈義」)の年一回行われる総会に出席するためであった。リブラは一九八八年から現在までにRIBLAという雑誌約五十巻が発行されている。総会にはラテンアメリカの各国、各地で活躍する聖書学者、神学者たちが集まり、次の総会までに発行される分の内容と執筆者の分担を決めるための話し合いと、各地での活動の報告や聖書研究、グループワークといった盛りだくさんな内容である。日本では、スペイン語、ポルトガル語の神学書が紹介されることがほとんどないため、執筆している神学者たちは錚々たる顔ぶれのはずだが、私自身はエルサ・タメス(註一)以外の執筆者をほとんど知らなかった。今回、プログラムの中で聖書研究を担当したミルトン・シュワンテス(註二)や、女性神学者・聖書学者の集まりの中で中心的役割を担っていたイレーネ・フォルケス(註三)といった名前を初めて知った次第。会議で話される言葉は主にスペイン語だったが、全参加者四十五名中約十五名がブラジルからということで、発言や会話の約三分の一がポルトガル語になる。スペイン語でさえおぼつかない状態で、ポルトガル語が加わるのは正直かなりしんどかった。十日間の滞在の間、そして会議が一日一日と進むにつれて、耳が慣れて相手の言うことがわかるようになってきて、また相手も私のたどたどしいスペイン語に慣れてくださり、かなり会話が成立するようになった。ようやくお互いのコミュニケーションが取れるようになったところで会議が終わってしまったのが残念である。

3.「百万人の女性たちキャンペーン」と「百万人の女性たちの家」
 この集まりを教えていただいたとき、まず、エルサ・タメスが校長を務める神学校が会場だと伺った。それでこの総会への出席を決めたようなものだった。

 というのも、私が聖公会神学院在学中、「百万人の女性たちキャンペーン」(Campana Un Millon de Mujeres)というのを知ったのだが、これは、タメスの神学校の建設のため、女性たちの名前に一ドルを添えて送る、というもので、私もこの趣旨に賛同し、何名かの名前とともにに献金したからた。(註四)

 会場に着いたとき真っ先に私の注意を引いたのが、「百万人の女性たちの家」という文字が入り口脇の壁に掲げられた小ぢんまりとした建物だった。早速、百万人の女性たちキャンペーンのことについてスタッフにたずねてみると、届けられた女性たちの名前は、各地域ごとに分類して製本してあるとのこと。この女性たちの名前と働きを覚えて建てられた学校で、ラテンアメリカで活躍している神学者、聖書学者たちと会える、今のラテンアメリカの現実を見聞きすることができるという巡り合わせに、わくわくしながら、プログラムの始まりを待った。

4.聖書研究とグループワーク
  今回の聖書研究の箇所は創世記一章から十一章であった。シュワンテスの考察も興味深いものがあったが、それ以外の参加者の発言や意見の中で、深く考えさせられたものをいくつか列記してみたい。


・ 私たちは神様から二冊の本を与えられている。一冊は私たちの人生そのもの。もう一冊は聖書。どちらも大切なもの。 ・ システムを考察することは大切。ただし、システムというのはちょうどメドゥーサの首のようなもので、それに見入る者を石のように凍らせてしまう。システムを倒すことがキリスト教の目標となるか?イエスはローマを倒そうとしなかった。システムを変えることはできないが、人の心は変えられる。ブラジルの土、水、自然が全部ドル紙幣に見える人もいる。それらの一つ一つが生活していくうえでの大切なものとして関わる農夫もいることを忘れてほしくない。

・ 人間の原罪をアダムとエヴァの物語で説明するのではなく、カインとアベルの物語で説明されたほうが、納得できる。どちらの性が原因を作ったかという本質的でない議論になるよりは、原罪の本質が見えると思う。人が人を自分の思い通りにならないから殺した、私たち一人一人にそのような傾向がある、と言われたほうが納得できる。

・ グローバリティ(註五)とグローバリゼーション グローバリティは一九五〇年代に始まる。核兵器が具体的に人類を何回も滅亡させるだけの威力を持っていることが判明したとき、それは地球規模の脅威となった。その後の人口増加(人口爆発)、バイオテクノロジー、環境破壊など、人間は自然、地球そのものの存続に責任を持つ存在であることが明らかになったとき、グローバリティの時代が始まったといえる。

・ その後のグローバリゼーションは資本主義の別名。レーガン大統領時代(一九七三年)に始まる。地球をひとつの巨大な市場と考える。安価な労働力と材料を求め、利益を上げることに固執。政府、労働力、組合に対してはもっとも収益を上げられるように柔軟に対応する。

・ 紛争の神話 キリスト教原理主義の乱用により、グローバリゼーションを正当化する。この世のさまざまな状態がどんどん悪くなり「この世の終わりが来る」から神を信じるようにとのプロパガンダ。実際はグローバリゼーションによって世界の状況が悪化している。終末を強調することは諸刃の剣。グローバリゼーションを正当化する論理にもなり、実際に人間の行動を悔い改めへと招くものでもあるから。

・ アメリカ帝国主義の始まりは、ラテンアメリカ各国の独立が成立した後。特に二十世紀前半、メキシコ革命以後。本格化したのは一九六〇年代のキューバ革命。六三年のキューバ危機は人類滅亡の危機だった。冷戦終結は決してアメリカや資本主義の勝利ではなく、ロシアの自己崩壊によるもの。その後、従来の政治的国家が行き詰まる。メキシコのチアパス州のサパティスタの武装蜂起(註六)に見られるように、政治的国家(Political Nation)から民族連合体(Ethnic Nation)へという動きがある。民族連合は三つの要素、文化的アイデンティティ、宗教的伝統、民族的アイデンティティにより定義される。その中でも特に宗教的要素が重要。

  サパティスタがよりどころとしたのは一.解放の神学、二.社会的な自立/自律、三.ラテンアメリカの文学ブーム(ガルシア・マルケスGabriel Garcia Marquez<註七>など) ・ クリスチャンの責任は終末論を乱用して恐怖心をあおり信者を増やすことではなく、社会の新しいモデルを示すこと。預言者的であることとは、社会に対して代替的なモデルを提示することがクリスチャンの責任である。


 また、参加者の中で議論になったのは、議論の前提としての聖書、聖書そのものを議論の対象としないという取り扱いに対して、聖書が歴史の影響下に成立し、現在も歴史への影響力が強いこと、聖書を自明の理とすることが果たして正しいのかという指摘があった。

 つまり、今回のシュヴァンテスの聖書研究の中では、ラテンアメリカでも議論になっている、セクシュアルマイノリティのことや、暴力(特に女性に対する暴力)についてのコメントが少なかった。例えば、創世記九章一節b以下の神の祝福「産めよ、増えよ、地に満ちよ。」という言葉を、他の宗教との比較、当時のパレスチナ世界の中での意味という読み解きも必要かもしれないが、例えば、セクシュアルマイノリティ(性的少数者)に対して、果たしてそれが神の祝福といえるのかどうか、また多産を祝することによって女性が産む選択を強いられていないか、といった視点での展開がなかった。そのことに対して、主に女性聖書学者たちから、セクシュアリティや性に関して聖書が内包している限界や偏見(セクシュアル・マイノリティや女性への暴力)を単に歴史的・比較宗教学的視点からのみ「解説」してしまうならば、かえってラテンアメリカを始めとする各地で現実に日々起こっている事柄を見えなくさせてしまうのではないかという指摘がなされたのである。

 実際に議論が交わされている場面では、名前の知られた男性聖書学者に対して、二〇代、三〇代の女性が「それはおかしい」「私はそう思わない」と堂々と持論を展開し、対等に議論を交わしていた姿が印象的だった。異議を唱える側もそれを受ける側も、反論や議論が起こるのは自然なことと受け止めている様子が、そのような経験のあまりない私にはとても新鮮だった。

5.ラッツィンガーが新教皇に選出された日
 四月十九日午前十時頃、聖書研究の途中で、ラッツィンガーの新教皇選出が伝えられた。その直後から聖書研究は中断され、参加者からこの教皇選出をどれほどの痛みを持って受け止めているのか、自分が置かれている状況がどれほど厳しくなるかという発言が相次いだ。

 ラッツィンガー選出前の発言から、HIV/エイズ予防のためといえどもコンドーム使用を認めないこと、いかなる理由があっても離婚を認めないこと、女性の司祭按手を認めないことなどが伝えられていたが、ヨハネ・パウロ二世の取っていた解放の神学に対する厳しい態度は主にラッツィンガーの影響によるところが大きいというのが、ラテンアメリカの人々にとっては常識だったようだ。教皇が解放の神学を認めないということは、解放の神学に「共産主義」のレッテルを貼ることによって、貧しい人々に連帯して働くクリスチャンに対する政府や軍の弾圧に教皇のお墨付きを与えてしまうことになる。これは国や地域によっては、実際に生命そのものを脅かされることになる(註八)、ということを、食事の席やいろんな機会に耳にした。

 ラテンアメリカの人々がラッツィンガーをどう受け止めているかについては、いくつかのジョークを教えてもらった。例えば、「ヨハネ・パウロ二世からエクスターミネーター(絶滅させるもの)一世へ」、ベネディクト十六世ではなくマロディクト一世(BenedictoのBeneは「よい」、MalodictoのMaloは「わるい」という意味の接頭辞)など。

 これから教皇がどのような発言をし、どのような行動をとるのかによって、ラテンアメリカの人々の生活に直接の影響が及ぶという危機感をひしひしと感じた。この危機感の切実さと、ジョークで現実を鋭くえぐりながら現実から目をそらさないという決意、それを自然体で自分たちのこととして引き受けている。「〜にもかかわらず」希望を持って生き続けている姿は、私に希望をもつというのはどういうことかを身をもって教えられたような気がする。

6.最終日の朝の礼拝
 最終日の朝の礼拝で、私は持参した浴衣を着て、富山県民謡「越中おわら節」を踊った。おわら節の輪踊りの所作の中に、「種まき」と「稲刈り」がある。その所作を説明し、この集まりが「希望の種をまき、喜びの収穫へとつながりますように」という思いを込めて踊ったことを伝えた。そしてラッツィンガー選出の後で次々と発言した参加者ひとりひとりの連帯を求める言葉に答えたくて、私は自分自身が今置かれている状況のことについて、短いメッセージを語った。

 メッセージを以下に引用する。

 「先日言われていた連帯のしるしとして、これから日本の今の状況についてお話したいと思います。

 日本でもいくつか聖書研究をしているグループがあり、その中に女性神学の学びを深めているグループもあります。私自身、そのようなグループに属し、生活の中で聖書を読むという実践を行っています(註九)。私たちは約二年ごとに1冊の論文集を出しています。現在最新号の執筆と編集に取り掛かっています。

 私は聖公会に属しています。そこで日本聖公会の今の状況についてもお伝えします。私たちは一九九八年に女性の司祭按手を認めました。日本聖公会全体では、二百四十二名の現職教役者の中で十二名の女性が働いており、そのうち六名が司祭に按手されました(二〇〇四年末現在)。私個人としては、まだまだ女性が教役者として認められていくプロセスには困難なことがたくさんあると感じています。

 ラッツィンガーが新しい教皇になり、彼がすべての可能性の扉を閉じてしまった、ということを聞きました。日本聖公会では、女性の司祭按手という点では、扉が開かれたように見えます。でも私にはもう一枚、見えないガラスの扉があるように思えてなりません。しんどいことがあります。でもそのたびに、私は自分に言い聞かせます。希望を持ち続けましょう、そしてお互いのことを心に留めて祈りあいましょう、と。」

7.コスタリカという国
 コスタリカという国は、観光とコーヒー、野菜や果物生産が主な産業である。カリブ海側と太平洋側を約十時間ほどでトラックで縦断できる地の利と安い人件費を生かして、パナマ運河の通行費を節約したい貿易関係の会社などがコスタリカを通過する。その関税も外貨収入源としては大きい。(註十)

 ただ、このトラック輸送に使われる道路が豊かな自然や希少動物が生息している火山山岳地帯や低地の河川地域を通るため、環境への影響が懸念されるはずだが、残念ながらトラック輸送による環境破壊ということは聞かなかった。これからこういう問題が取りあげられるようになっていくのではないだろうか。

8.次のリブラまで
 次回のリブラの総会は二〇〇六年十月、アルゼンチンのブエノスアイレスでの開催が決まった。

 可能な限り、次回の集まりにも参加したいと思っている。日本に入ってくるラテンアメリカの神学に関する情報があまりにも少なく、紹介する人が数えるほどしかいないということが残念でならない。継続して参加し、今回出会った参加者と情報を交換することで、日本で出版されている、グスタヴォ・グティエレスやレオナルド・ボフ、エルネスト・カルデナルだけではない、もっと豊かな神学と聖書学の実りがあることを私自身が知りたいし、それを一人でも多くの方と共有したい。

 そのためにも、自分自身のスペイン語能力をもっと高めたいと思っているし、今回、手に入れてきたタメスの本を訳して紹介することも含めて、具体的に何ができるのかを考え、実際に行動していきたい。それが次回のリブラ・ミーティングに私が携えていける「奉献」になるはずだから。


 このような機会が与えられ、たくさんの出会いと学びと祝福を与えられたことに、心から感謝しつつ。

このページのトップへ

1. コスタリカで活躍する神学者・聖書学者。ラテンアメリカ聖書大学校長。
2. ブラジル、ペルーで活躍する神学者・聖書学者。
3. コスタリカで活躍する神学者、聖書学者。ラテンアメリカ聖書大学がラテンアメリカで、女性たちの神学教育の拠点となっているのはイレーネの働きによるところが大きい。
4. 「百万人の女性たちキャンペーン」の詳細については、こちらの記事に詳しい。http://www.texnews.com/1998/religion/seminary1128.html 記事は英語。
5. Globality 人間の活動が地球全体に影響を及ぼすことを指す。
6. サパティスタ民族解放軍 (EZLN):メキシコ南部チアパス州に展開する先住民系の武装組織。
サパティスタの武装蜂起:北米自由貿易協定(NAFTA)発効日の一九九四年一月一日、メキシコの南部チアパス州で、政府の新自由主義政策に反対して蜂起し、市町村を占拠した。EZLNは、構造的な差別を糾弾し、農地改革修正など政府の新自由主義政策に反対、農民の生活向上、民主化の推進を要求している。
組織の名称は、メキシコ革命の英雄、エミリアノ・サパタに由来する。
メキシコ政府は、一九九六年、先住民の諸権利と文化に関するサンアンドレス合意を結んだが、憲法改正作業が必要となることを理由に履行せず、交渉は中断された。
一九九六年には、世界規模の「人類のため新自由主義に反対する大陸間会議」が組織され、また、一九九七年には、EZLNの呼びかけで、新たに非武装の市民組織として、「サパティスタ民族解放戦線(FZLN)」が組織された。
出典: http://pol.cside4.jp/kokusai/51.html より。
7. コロンビアの作家。架空の都市マコンドを舞台にした作品を中心に魔術的リアリズムの旗手として数々の作家に多大な影響を与える。一九八二年にノーベル文学賞受賞。『百年の孤独』『コレラ時代の愛』が二〇〇二年、ノルウェイ・ブッククラブによって「世界傑作文学一〇〇」に選ばれる。
出典:ウィキペディア・フリー百科事典http://ja.wikipedia.org/wiki/ 「ガルシア・マルケス」の項より。
8. これは、現在のアメリカを始め、例えばフィリピンなどで「テロに対する戦争」という名目で人権侵害や誘拐、軍による武力行使が正当化されているのと似ている。実際に「共産主義者」のレッテルを貼ることで、誘拐されたり、武力行使が正当化されてきたし、現在もその動きは継続している
9. 私が参加しているグループは、教会女性会議を契機として集まったメンバーが立ち上げた「キリスト教女性センター」である。女生神学塾での学びをもとに四冊の論文集を刊行している。
10. 地図はhttp://www.ncm-center.co.jp/tizu/kosutarika.htm からの転載。

このページのトップへ