「道端からの叫び」
2007年10月7日
船越教会 「世界宣教日礼拝」 説教
小井沼眞樹子
マルコ福音書10章:46〜52節
はじめに −道端にいる人との出会い−
 今年、10月の第1日曜日は教団の暦によれば「世界宣教の日」そして「世界聖餐日」と定められています。このような特別な聖日に元ブラジル宣教師として船越教会でメッセージの機会が与えられましたことを感謝しております。今朝は、世界宣教に視野を広げながら、マルコの語るバルテマイの物語から福音に触れてみたいと願っています。
 この「道端」という言葉に触れますと、私の心の中でなにか特別の感情がたちのぼってくるような気がします。ブラジルで、道端にいる多くの人と出会ってきました。ある場合は声を掛け、ある人とは名前を呼ぶ関係を持ちましたが、多くの場合はなにもできず、無言で通り過ぎてしまいました。
 私は40歳近くまで先進国の日本でずっと生きてきたのですが、1986年に夫のサンパウロ転勤によって家族をあげてブラジルへ行くことになりました。初めてブラジルの貧富の差の現実を目の当たりにしたとき、大きな疑問符を心の内に突き刺されたようでした。「お前は本当にキリスト信者と言えるのか?キリスト者として生きるということはいったいどういうことだろう?」という根源的な問いでした。なぜなら日本の企業の一員と言うだけでブラジルでは上位数パーセントの金持ちの階層にぞくすることになってしまうのです。そして傷ついて倒れている人の横を通り過ぎながら、教会に通っている。そういう自分と向き合わざるをえなかったからです。日本で形成されていた「自分はキリスト教徒である」という揺るぎのない自意識にひびが入ったのでした。
 やがて卵から雛がかえるように、私の意識に入った亀裂がだんだん大きくなり、とうとう殻を打ち破って私自身が新しいものとして、生まれることになっていった・・・。私の内的体験をそのように表現するとすれば、道端にいる人との出会いは、私の人生の大きな方向転換が始まっていくきっかけだったような気がしています。

イエスと弟子たちの文脈で読む
 早速本文をみてまいりましょう。
@場面:エルサレムに向かって進んでいたイエスと弟子たちの一行は、旅も終わりにさしかかったころ、エリコの町を通ります。その頃には、イエスと弟子たちの一行に大勢の群衆が加わっていたようで、この場面でイエスを先頭に一団の集団が進んでいくさまを想像できます。エリコの町を出ようとしていた時、彼らは道端でバルティマイという目の見えない男が物乞いをしているのに出くわします。
 *どうしてバルティマイは道端に座って物乞いをしていたのでしょうか。
 目が見えないという障がいは当時、罪の結果と考えられていました。バルティマイは町はずれの道端に追いやられて物乞いをするしか、生きていく術がなかったのです。目が見えないという不自由さに加えて、当時の律法社会によって、人間としての尊厳を全く奪われて、周縁化された状況です。
 けれども、ひどい抑圧を受けても彼は心の中までいじけてはいなかった。
 「憐れんで下さい!」という叫びはバルティマイの内側に「当たり前の人間として生きていきたい」という人間としての尊厳が息づいている証しではないでしょうか。
 *多くの人が彼を叱りつけて黙らせようとした。
多くの人々にとって、このバルティマイの叫びはイエスの旅を妨害する,面倒くさい雑言にしか聞こえなかった。ところが彼は、ますます「…」と叫び続けた。この強靭な自己主張には驚嘆させられます。われわれ日本人はこんなしっかりした自我を持っているでしょうか。
 *イエスは立ち止まり・・・立ち止まるイエスの中に大きなエネルギー=愛の力を感じます。
 多くの人々の間違った流れに逆らって、立ち止まれるイエスの姿に、あの、奴隷の叫びを聴き、その苦しみを見て歴史に自己開示された原初の神の姿に通じるものを感じます。
 *あの男を呼んできなさい→ここで押さえ込もうとした大勢の人々が面子を失います。弟子と自負する者がイエスの意志から外れていたのですから。
 安心しなさい、立ちなさい、お呼びだ…黙らせようとした大勢の弟子集団の中にも、バルテマイをイエスの引き合わせる役をする人々がいたことをマルコは伝えています。
 *彼は上着を脱ぎ捨て、躍り上がってイエスのところにきた。バルティマイの非常に明るい性格。率直な個性があふれています。なんだか見ている観客の方もつられて嬉しくなってしまいます。  二人が向き合い1対1の呼応関係に立ってから、改めてイエスは彼に問い掛けます。「私に何をして欲しいのか?」イエスはバルティマイが言わなくても彼の願いは十分わかっていたでしょう。けれどもイエスはバルティマイの主体性を求められる、自分の言葉で願いを言い表すように問いただされるのです。バルティマイの答えは明快です。
 「先生(=ラボニ、「わたしの主」という明解な信仰表現)、見えるようになりたいのです」「あなたの信仰があなたを救った。」
 そして、彼をイエスのもとへ連れてきた人々もそこに一緒に立ち会って、バルティマイの喜びの出来事に参与する結果となりました。
 *「行きなさい」というイエスの解放の言葉を聞くと、バルティマイは自分の意志で、なお道を進まれるイエスに従ったと書いてあります。その道はエルサレムに入場した後、苦難の十字架へと進まれる道のことです。楽な生き方ではありません。その苦難の道を主と共に行くことをバルティマイは自分の意思で選び取ったのです。

マルコの主張を読み取る
 バルティマイという名前が紹介されているのは、マルコだけで、この人がマルコの共同体にとって実在の人物であった証拠だということです。
 (cf.マタイは二人の盲人、ルカは盲人の名前を書かない。)
 マルコ福音書が書かれた60年代後半の時期はイエスの最初期の弟子たちが、パウロもペテロも、殆ど殉教死していったあと、いわば「2代目の指導者」の時代になって、エルサレム教会が権威主義的な教会に変質していったようなのです。エルサレムへの旅の途上で、マルコが繰り返しイエスの弟子たちの無理解の姿を語るのは、マルコの時代のエルサレム教会の弟子集団の姿と重ね合わせて批判しているからなのですね。それとは対照的に、今日の箇所では道端に追いやられて助けを叫び続けていたバルティマイが、見えるようになって=イエスを真に主と理解できるようになって、イエスの弟子となって十字架の道を従っていったと述べている。バルティマイはある意味でマルコ信仰共同体の代表でしょう。これはエルサレム教会の指導者集団に対して痛烈な皮肉、あるいは批判が語られていると言えないでしょうか?
 背後にそういうマルコの主張があるのだとわかると、このバルティマイの物語は急に現代にも雄弁なものとして語りかけてくるように思います。

現代へのメッセージ −ブラジルの民衆の叫びに導かれて−
 現代はグローバルな市場経済競争の時代で、貧富の差は世界中で拡大し、弱肉強食の世相が強まっています。現代はまさにお金持ちが権力を握り神となっています。お金が人をがんじがらめに支配し、お金が人間を非人間化しています。このマモンの神の巨大な奴隷化が世界中に蔓延しているといってよいでしょう。この世界をどうしたら、みんな共に生きていく新しい社会へと方向転換することが出来るのか。この現代の奴隷の家からの出エジプトはどのようにしてはじまっていくのか。それが現代社会の大きな課題です。
 こういう時代環境の中で、ヨーロッパやアメリカを中心に発展してきた伝統的なキリスト教会は宣教の方向性が見失い、現代社会の方向転換に力を発揮していないように見えます。
 私はブラジル宣教師としての体験から、このバルティマイの姿の中にブラジルの民衆の姿が重ね合わせて見えてくるように思うのです。

 16世紀以降、ヨーロッパのキリスト教国はラテンアメリカやアフリカを植民地支配しました。
 ブラジルはポルトガルの植民地支配のもとでキリスト教(カトリック)が持ち込まれました。抑圧する支配者の宗教としてヨーロッパから入ってきたのです。奴隷制が続くなかで、アフリカから連れ出された人々にバケツで頭から水をザバッとかけるような洗礼が施されキリスト教に改宗させたそうです。 
 奴隷制は300年も続き、民衆は未だにその後遺症から抜け出せないで、非人間的状況に閉じこめられています。そういう民衆=POVOと言いますが、北東部や北部に大勢います。そして、職を求めてサンパウロや、リオなどの大都会に国内移住してきます。が、そう簡単に職を得られるわけがなく、路上で生活するはめになっていくのです。

 私がジョアン・ペソアで出会って今日まで交わりを続けてきた人たちもそういう、奴隷制の傷を血の中にいまだに抱えている人たちでした。@持たない、A知らない、B出来ない、C存在しない、という4つの「ない」で特徴づけられている人たちです。@は物質的次元のこと、Aは知識的、教育的、B政治的、C社会的。
 私が初めてジョアン・ペソアを訪問したのは15年前ですが、当時そこで働いておられた堀江神父がこの地区の人々について話して下さいました。「住民の殆どが最低給料の半分くらいしか収入がなく、どのようにして生きているのかわかりません。でもとにかく生きています。それで、学者たちはこの人々を『奇跡の民』と呼んでいるのですよ」と。そして同年、横浜港南台教会で木田献一先生をお招きし旧約聖書の研修会をしたとき、私も参加したのですが、忘れもしません。その時、木田先生はこう言われたのです。「わたしはある」という名の神さまに叫び求めていると、自分が「在る者」になっていくのです、と。その言葉が私の心を強く捉えました。ジョアン・ペソアの「4つのない」で規定されている人々が、確かに「あるもの=存在する者」となって福音を証ししているではないかと、深く納得したのです。彼ら、彼女らは、困難な現実の中でも、人間としての美しい心を失わず、明るく助け合って生きています。「神さまは良い方。きっと神さまが助けて下さる」という強い信仰を持って、自分よりさらに困っている人、貧しい人たちを捜し出して助けています。
 
 ブラジルで解放の神学が始まったのも、苦しみを負う民衆に寄り添おうとする大きな原動力が働いたと言われています。決して神学者の机上の思索から生まれたものではない。
 ところが民衆の叫びが大きくなると今度はバチカンから弾圧され、黙らせられたのです。解放の神学の神学校は閉鎖され、指導的神父たちはバチカンに呼ばれて黙るように警告を受けました。どうです。今日の聖書の物語そのものではないでしょうか。しかし、バチカンに従わない神父やキリスト者たちが、今なお、民衆に寄り添って、聖書運動を展開しています。貧しい民衆の生活の座からもう一度聖書を読み直していく作業を通して、彼らを主体性ある人間として立たせ、信仰共同体の担い手に育てていく。私はそういう解放の現場を垣間見てきて、、絶望的な今日の世界にあってもなお希望の光が差し込んでいると感じています。

 現代版の奴隷世界の新たな出エジプトに、私はブラジルにいる奴隷制の後遺症で苦しみ叫ぶ民衆の叫びが大きな価値を持っていると思っています。イエスは彼らの叫びを聞いて立ち止まり彼らの傍らに立って共に歩んでおられるからです。
 奴隷の傷を負わされつつイエスにすがりついて生きている人々のいのちとつながる時、教会は彼らの存在に助けられて新たなる回心へと導かれるのではないでしょうか。
 昨年、有志の人たちと「ラテンアメリカ・キリスト教」ネットを発足させたのも、そういう宣教の幻を見ているからなのです。
 インターネットの発達に伴い、世界中の人と素早く交信できるようになったのですから、これを宣教の為に積極的に活かして、世界のどこの地点で生きていようと、グローバルな共生と連帯の輪に加わっていきたいと切実に願っています。


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