ブラジルの政治状況とキリスト教
ブラジル フマニタス慈善協会理事長
カトリック横浜教区司祭 佐々木治夫

2008年1月4日 「ラテンアメリカ・キリスト教」ネット講演会
於:日本キリスト教団 なか伝道所
『福音と世界』 2008年9〜10月号所載

1.ブラジルの貧しい人々
 日本にも沢山の貧しい人がいます。しかし、かつて植民地とされた地域での貧しい人びとは異なった背景を持っています。プエブラの司教会議(1979年)で一つの定義のような言葉が出されています。
 「われわれの兄弟たちの多くの人は貧しく、悲惨なひどい生活をしいられている。彼らは物質的に基本的なものに欠けている。その反対に、この貧しさの犠牲の代償として、少数の者の手に多くの富が集積されている。貧しい人は、ただ単に物質的必要品に欠けているばかりでなく、人間的品位にもこと欠き、社会、政治への参加の面からも除外されている。特に、黒人、農民、先住民、労働者、都会での疎外者、特に女性はその立場から二重に抑圧され疎外されている。」
 換言すると、貧しい人たちとは、不正な歴史的社会的制度から疎外され、貧しくされた人たちということができます。ポルトガル人がブラジルへ来たのは500年以上も前ですが、当時ブラジルには500万人もの先住民が住んでいました。彼らは働かなくても生活できる豊かな自然をもっていました。何年か前、一人の雑誌記者が先住民とインタービューしたとき、記者が「どうしてお前たちは働かないか」と質問したのに答えて、彼は「どうしてあなたたちは働くのか」という返事が返ってきました。動物や魚や鳥がいっぱいいる自然に囲まれ、ただ澱粉をとるために芋を植えるだけで十分な生活ができ、明日のために働いて金を貯める必要はないのです。
 それは、エジプトから脱出したイスラエル人が、マナによって生かされたことの生きた証人です。ポルトガル人の植民者がパウブラジルという木をヨーロッパへ輸出しようとしたとき、働いたことのない先住民では労力が不足し、特に、砂糖の生産が始まると植民者はアフリカから奴隷を輸入しました。350年にわたって600万人ほどの黒人は奴隷としてアフリカから輸入されました。彼らもアフリカではよい生活をしていたようです。ブラジルの錬金術は彼らに負うところが大きいところからも、そのことが伺われます。彼らは350年にわたって全く教育の機会さえ与えられませんでした。アフリカから着いて奴隷市場で競売にかけられ、競り落とした農場主に連れられて、先ず教会へ行き、悪魔祓いとして水をかけられ(洗礼)、こうして、何の準備もなくキリスト信者となったわけです。
 彼らは学ぶことも休むこともできないで、ただ働かされ、平均年齢も37歳という短命でした。こうした社会から疎外され抑圧された生活が今に至るまで続いているのが、現在のブラジルの貧困層を作っているのです。
 わたしが訪日する3週間前に行われた大学生へのアンケートで、ブラジルの一番大きな問題が問われましたが、その答えの第一番は政治家の腐敗でした。二番目は治安の問題でなく、人種差別でした。今でも黒人や先住民の大学生は少なく、あらゆる面で差別されています。これはカトリック教会内でも同じです。ブラジルには四百何十人もの司教がいますが、そのうち黒人の司教は20人ほどですし、先住民の司教は皆無です。教会のなかにも植民地主義が続き、ヨーロッパ中心主義が目立ちます。司教の任命はローマ教皇庁によって行われています。
 先住民や黒人は、貧しくなった人たちではなく、貧しくされた人たちです。歴史的に現在に至るまで、生活のすべての条件、特に、教育の機会さえ与えられなかった人たちです。これはブラジルだけの問題でなく、世界中のあらゆる植民地、元植民地で起こっている問題です。
 ポルトガル人がブラジルへ来て最初に行ったのは、ブラジルの土地はポルトガル王のものであるという宣言です。ブラジルの土地問題はこのときから始まり、500年も続いている問題で、今でも大きな社会問題になっています。

2.ブラジルの政治状態
 ブラジルの政治問題について、わたしたちはルーラが大統領になったとき、大きな希望を持ちました。彼は労働党の党首でしたし、大学卒でなく、旋盤工で、貧しい東北ブラジルの出身だったからです。そのため貧しい人たちから大きな希望を持って迎えられました。しかし、与党の労働党が弱く、連立内閣を作らなければならず、他の政党との取引で、彼自身が望んだ政治の実現は困難でした。
 植民地主義では、一部のエリートだけが特権を持っています。皆様も驚かれるでしょうが、大学卒業者はどんな犯罪を犯しても、普通の刑務所には入れられず、ホテルのようなところに入れられます。わたしもブラジルで大学を出ましたので、大丈夫かと思っています(笑い)。
 兎に角、エリートの中に入れば特権を持つことができます。彼らと話していると、法律は貧しい人たちを取り締まるためのもので、自分たちを取り締まるものでないという確信を持っていることが分かります。ブラジルでは多くの犯罪が起きますが、代議士や裁判官は誰一人として刑務所に入っていませんし、逮捕されても人権保護法とか何やらで釈放されます。これは本当に悲しいことです。また、エリートに属さなくても、強盗が銀行を襲撃した場合、盗んだ金の使用先を聞くと、大半は警察官や検事、裁判官の買収のためと答えています。司法の腐敗は目を覆うものがあります。
 同時に政治家の腐敗も非常に大きいです。わたしたちが信頼していた労働党の代議士や幹部で公職から追放された者が少なくありません。わたしも労働党へ希望をつなぎ、わたしの住むサンジェロニモの労働党の支部長になり、3年前の市長選のとき、労働党の候補者の応援演説などもしましたが、今は辞めました。不幸にして世界中に広がった新自由主義に基づく市場原理主義に労働党も侵されてしまっているからです。この新自由主義に基づく市場原理主義こそ現代の原罪ではないでしょうか。日本でも格差問題が出てきていますが、ブラジルではこの格差問題は日本とは較べられないほど大きなもので、ブラジルの全土の47%が人口の5%の人たちの手に入っていますし、財産も同じです。
 わたしが昔、ハンセン病患者を探して山の中を歩いたとき、その貧しさに驚かされました。草葺きの家には壁も窓もなく、木の枝で囲った家に住んでいました。皆本当に貧しいんです。でも皆さん幸福そうで明るいんです。貧しさで不平を言う人に会ったことはありませんでした。ところが、そういう所にもテレビ(電池の)が入り、宣伝が激しくなり、これを食べなかったら体を壊すとか、あれを持たなかったら幸福になれないという洗脳が行われました。皆が同じ貧しさにおり、比較するものがなかったとき、彼らには不平もありませんでしたが、今は大分変わりました。こうしたことの背景には新自由主義に基づいた消費主義があります。儲けることのできる者は自由に儲けなさい、何の社会的責任も取らずに儲けるだけ儲けなさいという考え方です。この新自由主義の本家が「アメリカ」ということも、アメリカが中南米で嫌われる理由となっています。
 現在、第二の植民地化が始まっているのではないかというのが、わたしたちの大きな心配事です。バイオディーゼルとかエタノール、特に世界の紙の消費が大きくなっていることから、ポルトガル人に代わって、世界の資本家がブラジルの土地の買収を行っています。先日も食料の確保ということから、日本の商社がブラジル一の大豆の大農場を買収したというニュースが報道されました。
 遺伝子の組み換えられた大豆やトウモロコシ、またエタノール生産のためサトウキビが非常な勢いで植えられてきています。健全な食料の生産はどうなるのでしょうか。空腹の運転手が自動車を運転することになるのでしょうか。
 紙の生産のための遺伝子の組みかえられたユーカリの植林も盛んで、折角、農地改革で獲得した小さな土地にも、2,5ヘクタールにつき38万円を支払うという条件で植林が始められています。政府に農業政策がなく金銭に困った小さな土地獲得者は容易にこのわなに引っかかり、MST(土地なし農民連盟)の活動に暗い影を落としています。
 話を戻しますと、今のルーラ政権も連立政権であるところから新自由主義に取り込まれてしまいました。一昨年あたりから農地改革はストップ状態です。INCRA(植民農地改革局)から「この土地を買収したから安心して準備してくれ」と通達があり、INCRAと一緒に喜び合いましたが、半年もしてから「INCRAに金がないから、土地を買収できなかった」と通知がきました。土地の欲しい貧しい250家族をどこへ連れて行ったらよいか、本当に頭の痛むできごとでした。
 国会議員の間には超党派のUDRという組織があります。これは大農場主の議員たちの連盟で、彼らが団結して農地改革に反対するのです。政治力があり資金も豊富ですのでINCRAもどうすることもできないのです。先日も農地に入った土地なし農民が追い出され、その際、一人の青年が殺されましたが、彼らは警察や裁判官を買収し、事件は迷宮入りしました。一昨年、アメリカ人のシスターがアマゾンで殺されましたが、未だ殺人者の裁判が続き、どうなっているか分かりません。兎に角、現在は左翼も右翼も、すべて金によって左右されているようです。

3.ブラジルの農地改革
 ここでちょっとブラジルの農地改革について説明いたします。
 これはブラジルを救う唯一の道だと思います。ブラジルには日本のように工業がありませんから、サンパウロのような大都会に、生活できなくなった農民が流れ込んできたら、スラム街を増大させるだけです。ですから地方で農民を育てるという農地改革が止まると、仕事のないことから、犯罪が増えていきます。
 ブラジルにはMST(土地なし農民連盟)が組織され、農地改革のリーダーを育てながら改革を推進しています。まず、農地を希望する200ほどの貧しい家族を集め、警察や裁判所、市役所の認可のもと、政府の土地である道路わきにキャンプさせます。そしてMSTのリーダーがINCRAと交渉を始めます。INCRAはこの申し入れを受けて、その近くにある、憲法で決められた農地改革の対象となる大農場を探します。こうした大農場がみつかると、それを連邦の官報に発表し、この官報を手にして農民はこの大農場の片隅のキャンプ場に移ります。農場主は裁判所に訴え、INCRAの決定を取り下げるよう裁判を起こします。この裁判は2−3年、ときには5−6年もかかることもありますが農民はそこにい続けます。でないと忘れられてしまうからです。こうしてINCRAが勝訴し、その土地の売買契約が農場主との間に結ばれ、初めて農民はINCRAとMSTの指導のもと土地を入手するわけです。INCRAは土地を没収するのでなく、普通の価格で購入するのです。
 ブラジルの土地問題は非常に複雑で、わたしも、どうして他人の土地を占領してもよいのかが分かるために、5年ほどかかりましたが、未だに分からない点が1杯です。わたしたちの働いているフマニタスの土地も2回購入する必要がありました。最初に、長年そこに住み着き土地の先住権を持っている農家から先住権を買い取り、その後、州政府から正規の土地所有権を買い取りました。
 しかし、有力者や政治家は自分の政治力を利用して州政府から土地所有権を無償でもらい、この証書を見せながら先住権のある農民を追い出しにかかります。この暴力に抵抗して、パラナ州だけでも、何千もの農民が殺されています。この土地所有権を悪用して、その近所の土地まで自分のものと言って、土地所有権に明記されている土地の何倍かの土地を占有している農場主もいます。
 話を元に戻しまして、土地なし農民はキャンプ場での共同生活から、農場に入植できるまでの間、MSTの指導の下、10家族ごとにグループを組織し、代表者として男女1人づつを選ばせ、毎週のように集まりをもち、責任の分担と入植者の教育を行っていきます。ここにすばらしい基礎共同体が出来上がっていきます。この間、外部からの種々の援助が必要になり、男性には日雇い農業労働、女性には家庭菜園のようなものを作らせ、子供たちには教会が順次に食料の援助をしていきました。土地が狭く、獲得できなかった家族は、次の新しい土地を獲得する活動に入って行くようにして、雪達磨式に農地改革を進めていくわけです。
 ルーラの時代に良かったことは、政府が農地改革に反対しなくなったことです。前政府のとき、グテエレという東北ブラジルの町で、土地の紛争を解決するために司教が神父と一緒に警察へ行きました。司教は貧しい人たちと生きてきた人で、その日もゴムぞうりで行きましたが、神父はきれいな服装で行きました。警察官は神父を司教と間違えその場で殺しました。ルーラ政権のときは、こうしたことが起こらないと思われましたが、そうはなりませんでした。兎に角、司法の腐敗と、UDRの力は予想以上に大きなものがあります。
 それでも、ルーラの政権になってから、一般の人たち、特に貧しい人たちの生活は非常に良くなりました。前大統領のとき、最低給料は1ヶ月80ドルほどでしたが、現在は200ドル以上になりましたし、最低賃金をもらえない家庭に、子供の数によって異なりますが、援助金として最高100ドルが配布されるようになりました。
 最初、フマニタスに通ってきた若者たちは、フマニタスの農場に着くとすぐごろんと横になり、喧嘩ばかりしていましたので、家庭調査をしましたら、彼らのどの家庭にも朝食がなく、水だけ飲んで働きに来ていました。それで、朝食と午後のおやつを腹一杯食べさせてあげたら、3ヶ月で平均10kgも体重が増え、人が変わったようによい子になりました。教育も大切ですが、教育の前に、お腹を一杯にしてあげることですね。お腹をすかしていたら勉強はできません。
 この家庭への援助金について、賛否両論、種々の意見がありますが、わたしは必要悪だと考えています。

4.ブラジルのキリスト教
 では教会はどうなっているかということですが、カトリック教会の実情をお話しする前に、ブラジルではペンテコステ派の新興キリスト教が非常に盛んで、カトリック信者の7千万人ほどが、そちらへ移っていきました。彼らの考え方は原理主義的で、聖書を文字通り解釈し、非常にファナチックです。神学はありません。聖書を表面的に学んで4ヶ月で牧師を養成していきます。エキュメニズムについての理解もありません。自分たちの主張を守るために聖書にこう書いてあるとの一点張りで、話し合いになりません。わたしも何回か学校の卒業式のときエキュメニズムの儀式をしようとしましたが、全く失敗でした。彼らはその場を宣伝の場にしようと時間をとってしまい、一緒に祈ろうという雰囲気は出てきませんでした。
 カトリック教会でも彼らに倣って、ショー・ミサと称して踊ったり歌ったりしながらミサを捧げる神父もでてきました。でも彼らのやっていることは信仰に基づいた運動というより、感情的満足を与えるもののように思われます。兎に角、マスコミが最大に利用され、テレビをつけたら、いつでもどこかのチャンネルで宗教のプログラムを見ることができます。夜中でも、明け方でもです。
 昨年4月に、サンパウロの近郊のアパレッシーダで中南米カリブの総司教会議が行われました。これは10年ごとに行われる会議で、中南米カリブの共通の問題について話し合い、その解決を模索するためのものです。
 教皇ヨハネ3世が第二ヴァチカン公会議で「開かれた教会」の検討を考えたとき、「ヴァチカンの窓を開けたら、すごい風が入って、机の上の書類が飛ばされ大慌てした」というジョークが生まれるほど大きな問題になりました。しかし、ヨハネパウロ2世と、現在のベネディクト16世になって、教会は窓を閉めてしまいました。教会内だけの強化を図るばかりで、中南米カリブの教会に非常に苦しい状況を生み出しています。
 第二ヴァチカン公会議後、「解放の神学」が生まれましたが、反共産主義運動の先頭に立った、ヨハネパウロ2世は、解放の神学を共産主義と同じように考え、この神学を徹底的に叩いてしまいました。その中心的学者は、現教皇ベネディクト16世でしたから、中南米カリブの教会は現教皇にたいし非常に複雑な感情を持っています。
 この会議と前後して、200人ほどの神学者の会合も行われ、その席上、著名な解放の神学者、聖書学者であるチリ人の神学者で、コスタリカで30年以上も働いているPablo Richard神父はこう語りました:「教会は存在しません。存在しているのは教会であるための一つのモデルです。教会の伝統的支配的モデルは、後戻りできないほどの危機に瀕しています。それはこのモデルを改革しようとするいかなる努力も無効とし、改革される可能性を持たないからです」。
 これは現在のカトリック教会に対する大きな非難であり、わたしたちの一番心配していることです。伝統的モデルの教会は自分の中に閉じこもり、世界から完全に孤立しています。教会は内的自己批判をすることも自己の間違いを認知することも拒否します。結局、このことの背後には、第一ヴァチカン公会議で、教会の不可謬性を主張したことにあると思われます。あのときから教会の発展は止まってしまったのではないでしょうか。自分で自分を間違わないと言うことほど、福音に反する精神はないわけです。教会が不可謬だと言ったとき、教会は最大の間違いをしたのではないでしょうか。それが一つのドグマになってしまい身動きできなくなってしまった。それがわたしたちに苦みを生んでいるのではないかと思います。
 今日の支配的教会からの反発を恐れないで、その構造改革を求める批判を受け入れる教会こそ必要ではないでしょうか。この教会の新しいモデルは、解放の神学によって明確にされ主張された貧しいものの選択を採択することです。貧しい者の優先的選択を主張する神学はこの14年間に変わり強化されてきました。解放の神学は、人種、世代、文化、その他多くのアイデンティティを尊敬しながら多くの社会運動の中に浸透して行っています。伝統的教会はマルクス主義との確執にはまり込み、世界と人類に最大の被害を与えているネオリベラルの資本主義を理解する可能性も持っていないようです。マルクス主義は大衆の考えを表現しましたが、ネオリベラリスムは支配的経済モデルを弁護し、貧困層を犠牲にする裕福な特権階級の考えを反映していると思います。
 これは、貧しい者の側に立ったイエスに従おうとするわたしたちを苦しめる大きな問題です。果たして教会自身、福音に忠実であるか、富んだ者の側についているのではないかとの疑問は、今のわたしたちを苦しめている問題です。
 福音書には「父よ、わたしはあなたを褒め称えます。これらのことを知恵あるものや賢いものには隠して幼子のようなものにお示しになったからです。」とあります。この言葉はわたしたちにとって非常に大切な言葉です。というのは、第二ヴァチカン公会議後、ブラジルの聖書学者や神学者は貧民街へ入っていき、学者が研究室で考えた神学ではなく、本当に貧しい人たちに示される神の顔がどのようなものであるかを尋ね求めていきました。そこにローマ神学と中南米の神学の一番大きな違いがあると思います。ローマ神学はわたしたちから見ると学者、智者が考え出した神学のようです。イエスの教えは理屈ではないんですよ、人間らしいことを教えるものです。これこそわたしたちが貧しい人たちの間に見出している神の啓示、神のみ顔だと思います。
 教会法の立場に立って、耐え難い義務の重荷を貧しい人たちに負わせ、学者と智者の特権を口にする人たちこそ、現代のファリサイ人、律法学者たちではないでしょうか。「幼い人たち」とはガリラヤの農民や漁夫といった人たちでした。彼らは、現代社会の最低の階級にいて、何の力もない人たちでしょう。彼らの中に入って、初めて、学者や智者が考えたものではなく、貧しい人たちに示される本当の神のみ顔を見ることができると思います。
 この貧しい人たちの中に入っていくと、エキュメニズムも何もありません。「イエスに従って行きましょう」という大きな心に出会います。彼らの間で、マリアの讃歌にあるように、「主はその腕で力を振るい、思い上がるものを打ち散らし、権力あるものをその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます」という信仰の言葉を聞くことができます。このマリアの言葉を教会はネオリベラリズムの前で大声で主張できるでしょうか。これこそ現代の教会がもう一度考え直さなければならないことではないでしょうか。
 貧しい人たちには権力もありません。だから富を支配したり、富を持つ心配もありません。拝金的宗教の心配もありません。ですから貧しい人たちは真理について開かれた心を持っています。
 貧しい人たちは幼児のようです。幼児は知識を蓄えようとする野心もなく、知っているという自惚れもありませんし、自分は偉い者だという感覚もありません。ここに神の啓示が入る余地があるのでしょう。教会は貧しい人たちと一緒という感覚を失ってしまいました。初代教会は貧しい人たちのものでしたが、キリスト教がローマ帝国に認められたとき、支配階級の宗教に変わってしまいました。
 今、わたしたちに求められていることは、イエスの教えに戻らなければならないことでしょう。現在、世界の教会はネオリベラリズムというローマ帝国以上の帝国と対峙しています。この現実を前にしてキリスト者として何をしていったらよいのでしょうか。バビロンの捕囚から帰ってきたとき、イスラエルの民は、もう一度、自分たちのアイデンティティを捜し求め、イスラエルの再建を夢見ました。わたしたちはネオリベラルの市場優先主義を前にして、イエスに従うことの中にしか勝利の道がないことを知らなければならないと思います。一緒に戦っていきましょう。ご清聴を有難うございました。

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