『異国の空の下で』

著者  小井沼 國光
編集  小井沼 広嗣
発行  2007年6月

21×15cm 254頁

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小井沼 眞樹子( paraisoshalom@yahoo.co.jp )まで、お願いいたします。

◆「まえがき」より
 夫、小井沼國光は「サンパウロの中心から」と題して書き綴っていたエッセイのうち、前著「先駆ける『煉獄時代』のブラジル」以後に執筆した分をもう一冊の本にまとめたいと願いながら、両手腕の脱力が予想以上はやく進行してできなくなったため、三男の広嗣に編集を託して逝きました。このたび、「異国の空の下で」と題して遺稿集を出版するにあたり、國光の「エッセイの部」に、召天前後の状況にそって書かれた数編の文章を付記した「追悼の部」を加え、全体として國光の召天一周年記念誌という体裁にまとめました。告別式のあと数ヶ月も経てからの依頼に応じて、快く原稿を提供してくださった方々に感謝いたします。

 國光が持ち前の知性と好奇心で、周囲の世界や関心のあることがらについて膨大な文章を書き綴った最大の原動力は、異国で生きていく者の味わう、言うに言われぬ孤独感であったと思います。人は孤独の中でこそ、何か非常に創造的ないのちの証しを生み出すものであることを、夫の姿を通して改めて気づかされました。晩年、手がどんどん不自由になっていくこころ細さの中で、彼はコンピューターの前に座り、左手のこぶしの上に右手を乗せて、人差し指一本でキーを打っていました。最後の数編のエッセイは、いずれも祖国から出て異国の地で人生を生きた人々の評伝をまとめたものです。今更ながら、夫の内面の孤独がどのようなものであったか、それらの人々の人生の旅路をまとめる作業を通して、彼の内奥でどのような対話をしていたのかを想像しています。そして、伴侶とはいいながら、彼が生きているときには真実に添いえなかった自分の至らなさを思います。

 しかし、不思議なことに、夫がこの世から姿を消した途端に、まるでパソコンに別のソフトがスルスルとインストールされていくような、まったく別の感受性の世界が入り込んできたような気がしています。無口だった彼がぴったり私の横にいて、共有した人生の体験の意味合いを饒舌に語ってくれているようでした。否定的に見えていた事柄にも、肯定的で力強い意味を発見していく人生の振り返りの作業は、本当に感謝と慰めに満ちていました。

 彼がこの世に残した文章の持つ価値や意味合いも、これからそれらを読んで下さる人々の受け止め方の中で、また新たに生まれていくものであろうことを願っています。そして、小井沼國光の61歳の生涯そのものが指し示す方向性を、この本を通して多くの方々に紹介することができ、置かれた場は違っても、共に働くことができますよう祈り願っています。

2007年6月
サンパウロにて
小井沼 眞樹子


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